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Author:ふうこ
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大震災

今回の東日本大震災では、
多くの方々が、甚大な被害を受けました。
連日、悲惨な状況を伝える報道が続いています。
被害を受けた方に、心よりお見舞い申し上げます。

幸いにも私自身は、被害を受けませんでしたが、
多くのことを学びました。
その記憶が新しいうちに、自分の記録としてここに残そうと思います。


私が受けた被害といえば、
電車が動かなかったということだけだ。
それだけでうろたえ、大きく混乱した。
結論から言うと、私に欠けていたのは、
情報。というより、情報を手に入れる為の知識だった。

最寄駅から電車で40分ほどの川崎駅構内にいた。
最初は、自分の目眩かと思ったその瞬間、
駅前の高い天井が、バタバタと大きく揺れるのが見えた。
出かける前、ダウンジャケットのフードを外してきたことを悔やんだ。
頭がいちばん怖かった。

駅構内の石の太い柱がしなり、
ガラスの部分が多く、天井が降ってくるかと
一瞬のうちに、いのちの危険を感じた。
柱の近くが良いのか、離れるべきかがわからなかった。

揺れが一旦おさまり、駅前広場に出ると、
駅周辺の建物から多くの人たちが飛び出してきた。
デパートの7階にいたという店員さん達は、
皆おそろいのムートンクッションを頭にのせていた。
ガラスは割れて、天井の照明が落ち、売り物のクッションを
お客様にフリスビーのようにびゅんびゅん飛ばしたそうだ。

再び大きな揺れが来た時、
高層のホテルが大きく横ゆれしていたが、
それを携帯電話の動画で撮影する人がたくさんいた。
その頃から、神奈中のバスは運転を開始していた。
バスは使える。

横浜行のバスに並ぼうと、逆側のバスロータリーに行ってみると、
既に200人は並んでいた。
雨も降ってきたので、とりあえずコンビニに入ったが
傘と温かい飲み物を買うのにも、長蛇の列に並ぶことになった。
バスを待つ人の列は、さらに延びていたが、
列の最後尾に並んだのが、午後3時半。

神奈中バスは、
便を増発して、どんどん乗客を運んで行ったが、
横浜行は市営バス。
後からわかったことだが、
市営バスは、その頃運行を中止していた。
携帯は繋がらず、携帯の電池は切れかけていたので、検索も躊躇された。
その列に並んだ人は、さらに増え続けた。
3時間半待っても、横浜行のバスは一本も来なかったが、
次第に、待つ順番が前に前に動いたのは、
バスを諦めた人が多かったからだ。
列の人とも会話して、
順番にトイレに行ったが、
その時はじめてラジオを耳にし、
JRなど電車は、その日中に動かないことを知った。
ラジオは、有効だと痛感した。
その時、東北大震災と伝えるアナウンサーの言葉を聞き、
事の重大さを、初めて知った。

これも後からわかったが、
待機所に移動した人、歩いて家路についた人が多かった。
何も知らず、
歩くには余りに遠く、寒く、道も解らず。
ただただ、待って7時ごろ、
最初の一台が来た。

幸運なことに、そのバスにあと3人というところで乗ることができた。
もちろん、バスはぎゅうぎゅう詰めで全く身動きできず。
寒さと不安から解放され、喜んでいた私達に、
その若い運転手さんは、「たいへんなのはこれからですよ」と申し訳なさそうに言った。
横浜駅に向かう道路は、ものすごい渋滞。
バス停ひとつに一時間かかる状態だということだったが、
少しでも、家に近付けるだけでとても嬉しかった。
乗客は皆そういう気持ちだったと思う。
私は、運転手さんの横の料金箱に貼りついていた。
フロントガラスから道路の様子がよく見え、
歩道を歩くたくさんの人が見えた。
中には、
ジョギングウエアで全身を固め、
颯爽と走るひとも、けっこういた。
会社にウエアをおいているのか。その姿は、とてもたくましく見えた。
横浜から先のルートについては、
どうしたら良いのか、
その時まったく見当もつかなかった。

途中のバス停から乗ることは、ほぼ不可能だった。
バスは、始発で無いと乗れないことを知った。
時間も、かかる。
横浜駅に着いたのは、出発から4時間後。
バス代210円で4時間も、温かい場所にいられたのはありがたかった。

横浜駅では、私の最寄り駅までのバスにも、
長蛇の列ができていたが、
渋滞はさらにひどいことを、バスの中で聴いていた。
車を使って、
家族を迎えに出た人が多かったのだ。

駅の構内、地下道にの両脇には、
家路を諦めた数万人の人が、新聞紙などをしいて横たわっていた。
少しでも温かい場所を、居場所を探していた時、
地下鉄の運転再開のアナウンスを受けた。
迷わず、そちらの方向に向かった。
市営地下鉄の対応は素晴らしく、
ホームへの入場規制もあったが、
6分おきに、徐行運転が行われた。
それで、大いに家に近づくことができ、
一番近い地下鉄の駅につくと、自宅近くまで行けるバスが待っていた。
本数は少ないのに、ラッキーというほかない。

そうして、自宅にたどり着いたのは午前1時。
家の布団で眠れる幸せを痛感した。

携帯の充電切れで、
そこからの情報は、不可能。
日頃から充電器を買っておくべきだった。
そして、
災害伝言ダイヤルのことは、
すっかり頭から消えていた。
携帯会社の伝言版があることも、
知らなかった。
つまり、
情報を得る手段を知らなかったのだ。


幸いにも、おそらく最短の時間で自宅に着くことができたが、
今回のことは、貴重な経験となった。
忘れないうちに、
自分に欠けていた部分を補っておこうと思う。









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コメント

No title

こんにちは!

大変でしたね。でも何事もなく帰宅でき良かったですね。

天災は忘れたころにと言いますが
先日”日本沈没”のDVDを見たばかりの私は
テレビで次から次へと報道される現実に目を疑うばかり・・・


この地震で私の人生感も・・・・

No title

こんにちは。

大変でしたね。私もその頃、○○駅に居て、市バスを待っていました。動かない事がわかったのが、1時間後、それで家まで歩く事1時間。その時は散々ブ~ブ~云っていましたが、皆さんの体験を知るにつけ贅沢は云えないと思いました。

でも、市営バス、どうかと思います。他の私営のバスは、問題なく動いていたので・・・

No title

こんにちは。

ふうこさんも大変な被害に遭われたんですね。
とてもわかりやすい文章で、ふうこさんの当時の様子が目に浮かびました。

でも、バス3時間半待ちの、乗って4時間とは辛すぎますね・・・。

私は鶴見から歩いて帰ってきた友人を車で拾いに行きましたが、大渋滞にはまり、結局帰宅は午前1時ごろになってしまいました。

待つのも歩くのも辛いですね。

10㎞超えたら動かない方が良いといいますが、早めの決断も大切なのかもしれないですね。

No title

Y-ハイランドさん、
寝湖世さん、
てすにゃんさん、
大変な時に、コメントありがとうございました。

まだまだ、混乱が続きますね。
私の体験なんて、
全然大したことなく、
もっともっと、大変な思いをされた方はいっぱいいらっしゃるとおもいます。
こんな体験をブログになんて、とも思いましたが、
教訓を、記憶を自分に刻もうと
早いうちにと思って書いた次第です。

豊かになりすぎた生活を見直し、
これを機会にしっかりと考えたいと思います。

まだまだ、気を抜くことはできません。
みなさま、どうぞ気をつけてお過ごしください。



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